
家を建てるということは
はじめに
1.家を建てるということ
家を建てるということは大変なことです。
大の男が一生をかけて取り組む、壮大な事業です。
多数のサラリーマンにとっては、大きな出費の中から、節約して、やっとの思いで貯金した頭金と、住宅ローンなどを合計して、工面する大切なお金です。
何十年後かに住宅ローンの支払いが終わるころには、利子と合計すると、文字通り一生を捧げる大事業といえます。
諸般の事情が必ずあり、教育費や親の介護などの費用もかさむ中で、数千万円のコストと、相当なエネルギーが必要となります。
考え抜いて決断を出す勇気も必要です。
昔から、男と生まれたからには家の一軒でも建てないと、というような意味のことを言われてきました。一方、たかだか、家一軒のために、人間の一生をかけるなんてバカらしいという方もあります。
私は、住宅業界に入ってサラリーマンとして34年、独立して11年の45年を超えました。
主として技術系で現場施工部門を歩いてきました。
様々な家を建てながら、考え、見てきました。
中には、建築主に非常に喜んでいただいた家もあります。
「貴方のお陰で素晴らしい家ができた。有難う」といってもらえると、やはり嬉しいです。
涙がでました。
人から評価されると、これほど嬉しいものかと思います。
人間にはそのようなDNAがあるのでしょう。
建築主と住宅会社の現場担当者という関係ですが、何十年という末永いお付き合いが続いている場合もあります。
これは素晴らしいことだと思います。
残念ながら逆もあります。
トラブルで裁判になる例、怒鳴りつけられる例、工期が遅れて迷惑をかけた家、変更が伝わらずにやり直した家など、実に多くの問題を経験しました。
2.建築主が感じる納得感
住宅会社ですから、出来上がる家には、ハード面では当然、合格ラインに達した家を提供します。
しかし、建築主が感じる印象は様々でした。
大変満足する方も、大変不満を持つ方もありました。
同じような条件(延床面積・金額など)であっても建築主の感じ方には大きな開きがあります。
現場の人間からみると、同じような対応をし、同じようなQ(Quality品質)・C(Cost予算)・D(Delivery 納期)であってもです。
特別にその家だけを手抜きするようなことは絶対にありません。
与えられた条件の中で最善の努力をします。
しかし、建築主の感じ方には差が大きいのです。
建築主が感じる「納得感」ではないかと思います。
建築主の感じることがすべてであって、我々が感じるものではありません。
建築主が自分で納得をしたものなら、多少の難があっても納得です。
ところが建築主が、充分に納得する前に、建築がスタートする場合もあります。
それは営業・設計・工事の各担当者が充分な説明を建築主に対して、していないということです。
忙しい仕事の中ですから、一から十まで、全部説明はできないでしょう。
だから、屋外単品受注生産の、その家だけのための図面や仕様書、見積り書などを作成します。
一方、建築主も異議申し立てることなく、自分が納得しないうちに、何となく建築がスタートしてしまうのです。
3.任せるか、納得か
建築主には様々な人がいました。
自分で調べて納得しようとする方、我々専門家にお任せする方(お任せで最後までOKする方はよいのですが、お任せしたものの、プロとして適切なアドバイスがないとお叱りを受ける場合もあります)、専門家の知人を呼んでくる方などもあります。
「こんなハズではなかった。
プロとしての適切なアドバイスが無かった。
この家はいらないから壊して持って帰って」などの言葉がでます。
施工を担当する者として、真につらいものがあります。
例え、時間をかけてでも、納得してから着工すべきものです。
工事を進行させながら、途中で変更しながら、納めていくやり方もありました。
中には、照明器具を自分で選び、取り付けてから、やっぱりイヤという主張をして変更する方もあります。
お金は変更前と変更後の照明器具代と取付け費の、当然両方ともが必要になるのですが、前のものを返品して減額するように要求され、差額でという主張を大真面目でされます。
だれも梱包を開けて、取り付けた物を返金して引き取ってくれません。
壁の仕上げクロスも貼ってから、気に入らないと変更を要求されました。
剥がしたクロスはゴミにしかなりません。
環境も害しますが、コストも傷みます。
要するに、だれかが費用を負担し、損をしているのです。
このような場面が続くと、残念ながら技術者としての心が通わなくなります。
はやく終わって逃げ出したい一心で、仕事をこなすようになります。
こうなるとうまくいきません。
このような場合は、建築主も、我々も望むところではなく、双方にとって不幸なことです。
せっかくの大金をかけ、人生最大の買い物をするのですから、もっと満足感を味わう方法がないものかと思います。
4.過去のトラブル経験から
過去にトラブルになった例や、説明して、念押ししておいた方がよいと思われるポイントがあります。
着工までに、十分な時間をかけて、納得してもらうまで説明すべきです。
普段の仕事の忙しさから、手を抜くことも無いとはいえませんが、極力時間をとるようにしたいものです。
貴方が、住宅の技術屋さんなら、建築主に説明して納得してから着工するべきです。
貴方が、これから家をたてようとする方なら、納得するまで住宅会社に聞くとよいと思います。
建築業者側からすれば、これくらいのことは建築主側で最初から確認しておいて欲しいと思うことも多々あります。
現実に入居する建築主でないとわからないことも多いのです。
主役は住宅会社ではなく、建築主ですから、建築主の納得がすべてです。
住宅会社の担当者の納得ではありません。
5.夢の住まい創りの一端を担う
建築主の楽しい夢の住まい創りの一端を担う仕事をしています。
人を幸せにする素晴らしい仕事だと思います。
人に損をさせて、不幸にする仕事ではありません。
それがストレスになっては問題です。
一般に、住宅会社では、アンケートをとります。
その場合に、総合的な満足度は平均95%以上になります。
しかし、個々の内容でみると、多かれ少なかれ、不満は残ります。
これだけの事業ですから、多少の不満はあると思います。
しかし、その不満が予め想定され、納得して決めたものならば、得心して、不満にはなりません。
次のような例があります。
完全な規格住宅で変更不可の建物(変更が無いということはその分、工事管理が楽なために、お買い得な価格が設定されている建物です)の場合で、アメリカ製の木製サッシ(ペアーガラス)を全個所取り付けるというものです。
比較的、金額の安い規格住宅としては、性能面で贅沢とも思いますが、調べると、このような場合は結構存在します。
このサッシは結露しにくくて、性能は素晴らしいのですが、外国製の商品においては、日本性よりも細やかさが少ない面が見受けられる場合があります。
サッシ木部の肌触りが多少ザラザラしたり、ビスが見えたり、隙間があったりと工事担当者は嫌がりました。
これではクレーム多発という恐怖心からです。
過去に何度も、この種のクレームを経験しているからです。
結局、無償で取り替えているわけです。
扱いは工事担当者の借金というイメージです。
しかし、外国ではこれが普通であり、性能面で素晴らしく、味わいのあるサッシです。
そこで、最初から徹底的にこの点を建築主に納得してもらい、納得してくださらない場合には、見送っていただくよう説明しました。
ほとんどの建築主は納得しました。
このサッシに対してのクレームは全くありません。
クレームゼロです。
建築主が納得したからです。
もしも説明をしなかったら、相当数のクレームはでていたと思います。
この一件以来、納得の大切さを、身をもって学びました。
6.住まい創りのパレート
住宅産業はクレーム産業ともいわれるくらいです。
確認すれば、完璧だとは思いませんが、打合せ不足による、思い違いなどのトラブルの80%は解消できるのではないかと思います。
最初の着工打合せで、少し多目に時間を使い、説明を頑張れば、20%の努力で、80%の効果を得ることが可能だと思います。
内容を説明していけば、建築主の信頼もプラスになります。
どれくらい説明したかにかかっています。
パレートの法則(80:20の法則)は、住まい創りの世界では生きています。
このような願いを込めてまとめました。
建築主は大金を投じるのですから、後で情けない想いをしたくはありません。
これは、建築主も、住宅会社も、職人も、同じ想いのはずです。
夢の住まい創りという目標は共通でなければなりません。
パレートの法則:
80:20の法則・最小努力の法則ともいいます。例えば、所得上位20%の人々の所得累計は、社会全体の80%を占める。というもので、世の中の現象は、一様に分布せず、常に偏った分布をしているという内容です。これはお店の顧客層と売り上げの関係にも当てはまる場合が多く、一般的には全体の20%の上顧客が、お店の売上げの80%を占めているということです。問題点の原因を、悪いものから順番に並べると、平均していることは少なく、重要な原因から小さな原因まであります。その中で重要な原因をいくつか集中的に解決すると問題の大半が解決することになります。ごく少数の要因によって大勢が決定付けられています。優先順位をつけて緊急かつ重要なものから手をつけると、完全ではないが、大体解決する。このやり方が実社会での時間・お金・品質の制約の中では効率的です。完全に解決しようとすれば、それは費用対効果の点で、とてつもなく効率が悪い場合が多いのです。
7.日本の住宅産業
日本国内では、少子高齢化が進む中、住宅を新築しようとする需要が、減少しています。
既に空き家戸数は、全住宅の13.5%にあたる840万戸と、過去最多を更新しています。
建物の質は別として、量は充分に余っています。
住宅を建てようとする人が、過去のように大きく増えることはありません。
住宅を施工する立場からすると、今後は一人一人の建築主の重要性が、より高まることになります。
建築主に満足を与え、クレームによる損害を防ぐとともに、永く良好な関係を保つことが重要となります。
場合によっては、紹介受注の可能性もあります。
過去に縁があって、建築した建物のメンテナンスを、責任をもって継続していくことは、建築主に対する施工者としての使命です。
住宅現場では、建築主の知識不足や、施工店側の説明不足、建築主の気持ちへの配慮不足、建築主の要求内容の確認不足によるクレームなどが発生しています。
品質管理の行き届いた工場製品と異なり、木材やコンクリートといった建築材料の特性と、職方による現場施工となると、建築現場では、若干の不具合は必ず存在するものといえます。
大半の不具合は補修することが可能ですが、事前の説明により、建築主に理解してもらうべきところもあると思います。
住宅産業は、昔から「クレーム産業」と呼ばれています。
住宅会社の工事担当者や各職方が、同じレベルの建物品質・同じレベルの建築主対応をしても、建築主は大変満足する場合も、逆に大変不満になる場合もあります。
この点が難しいところです。
建築主の満足と、不満≒クレームとは表裏一体です。
不満は必ずしも顕在化するものではありませんが、クレームとは顕在化した不満をいいます。
建築主の満足を得るための対応、潜在化している不満の顕在化、顕在化したクレームへの対応を関連づけて、建築主への対応はどうあるべきか問われています。
8.住宅のクレーム(雨漏り)
住宅保証機構の保証の状況は、全体の約93%が屋根・壁・防水の「雨漏り関連」で補償しています。
雨漏りの補償件数については、外壁71%が圧倒的に多く、ついで屋根です。
日本の住宅の雨漏り撲滅は、外壁業者が主役となることになります。
雨漏りを補修する場合に、雨漏りの浸出口は雨漏り現象としてあきらかですが、雨漏りの浸入口全部を確実に見つけなければなりません。
見つけきれない場合には当然、雨漏りが再発します。
住宅建物における雨水の浸入口の候補は、仮説として大体推定できるものですから、仮説を立て、散水試験を確実に実施して、その部位が雨水の浸入口であることを証明していくことになります。
2000年4月施行の、「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」により、「構造」と「雨漏り」については、保証期間が10年となり、建物の長寿命化が、社会的に要求されています。
雨漏りに関しては10年保証ということになります。
さらに、2011年の最高裁判決では、「雨漏りなどの瑕疵には、民法の不法行為責任が問われる」との判断が示されました。
不法行為責任の時効は20年。
つまり雨漏り瑕疵は20年にわたって責任を追及される可能性がでてきたことになります。
建築主で雨漏りに悩む人は多いです。
建築施工者で雨漏りする建物を建設してしまい解決できずに悩む場合があります。
リフォーム業者で雨漏りを解決できずに悩む場合もあります。
一言で言えば雨漏りは難しいということです。
残念ながら、多くの雨漏り再発という失敗経験もあります。
失敗経験を重ねるごとに、より早く解決につながっていくことも事実です。
この失敗経験を他の人が利用するべきです。
他人の失敗事例からを学ぶべきもので、学問としては、東京大学名誉教授の畑村陽太郎さんが提唱する「失敗学」と呼ばれています。
他人の経験を勉強することは必要です。
自身が現実に経験するなら、数10年かかることを学ぶことができます。
新築住宅の場合なら、屋根・外壁の下葺き材の施工に、充分な配慮がなされれば、雨漏りは発生しないと言い切ることができます。
現場で、そのような配慮が実施されるシステムつくりが必要です。
雨漏り現場の補修工事の場合なら、散水試験を充分な時間をかけて実施して、雨水浸入の全個所を確認してから、補修工事にかかることになります。
散水試験を手抜きしてはなりません。
補修工事自体は通常の施工者なら可能でしょうが、全ての浸入口を確実に見つけることが生命線になります。
建築の雨漏り撲滅は、建築主の満足感向上、施工者側の経営上のリスク回避など、大きな意味を持ちますから、充分に配慮されてしかるべきものです。
しかし現実には、現場で配慮されずに、施工の速さのみを追求されがちです。
建築では、施工を急ぐとリスクが高まることが通常です。
若い職人が親方から急がされて施工して、丁寧さは見えにくいです。
9.住宅建物の耐久性
よく、建物は何年もつものかと問われます。
メンテナンスをして、傷んだところを補修し、補修できないところは部材を取り換えます。
柱が腐ったら柱を取り換えます。
土台が腐ったら土台を取り換えます。
建物全体を解体撤去して新築することはありません。
これを繰り返していくと、建物は半永久的にもつというのが私の結論です。
戦後の日本の住宅は、約30年でスクラップ&ビルドしてきました。
アメリカでは約100年です。
アメリカ人が1回家を建てる間に、日本人は3回家を建替えます。
これでは豊かさの実感ができるはずはありません。
世界でも類を見ないといわれる、急激な人口減少社会が起こりつつある日本の中で、長続きするものではありません。
主役であるべき建築主の幸せにもつながりません。
本来、30年住宅の2倍の60年、あるいは100年住宅をストックとして建てると、1年当りのコストは大幅に低減します。
多くの建築主が好む言葉として、「メンテナンスフリー」があります。
メンテナンスが不要で、手間もコストもかからないという意味です。
住宅会社もメンテナンスフリーの材料を建築主に推奨します。
建築においてメンテナンス不要という材料はありません。
永くもつものは可能であっても、建物を継続使用する以上、メンテナンスは必要なものです。
「建物は、何年の耐久性があるか」というものではなく、「建物を何年持たせるか」という建築主の意識でどうにでもなります。
10.業者変更のリスク
建築した施工者以外の業者が補修工事を施工すると、建築した施工者の責任が曖昧になります。
保証期間経過後に実施する場合など、元の業者の施工責任を追求しない場合はよいのですが、元の業者の責任を追求する場合には、他の業者を入れると問題になります。
トラブルが発生すると、お互いが自分の責任ではなく、他方の責任であると主張します。
建物引渡し時に、施工業者変更については建築主に対し、リスクを充分に説明する必要があります。